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鳥取地方裁判所米子支部 昭和28年(ワ)16号 判決 1954年2月05日

原告 有限会社高林房太郎商店

右代理人 多田紀

被告 勝長八蔵

右代理人 上原隼三

主文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

原告訴訟代理人主張第一の要旨は被告所有の米子市博労町一丁目九十九番地の土地を挾んでその両側に原告会社所有の土地がある。即ちその一方の側には原告会社の店舗がある同所九十七番地及九十八番地があり他方の側には原告会社の倉庫が在る同所百一番地、百四番地及百五番地があるが原告会社は右店舗より倉庫に至る通路として右被告所有九十九番地裏の空地を使用すべく地役権を有している。右地役権は原告会社が訴外高林房太郎より譲渡を受けたものであつて、高林房太郎は九十九番地の所有者であつた訴外神庭常吉からその地役権の設定を受けたのであると云うのである。

而して高林房太郎が右地役権の設定を受けるに至つた事情につき原告訴訟代理人は(1)訴外高林房太郎は前記地役権の設定を受ける前より博労町一丁目九十九番地の建物を神庭常吉より賃借して居住していた訴外古谷清三郎の為に高林房太郎所有同所九十七番地及九十八番地裏の空地上に地役権を設定し古谷一家の者が該空地を通行することを認容していたので高林房太郎が同所百一番、百四番地及百五番地上の倉庫を買入れるに当り古谷清三郎及地主神庭常吉に対し九十九番地裏の空地を通行することにつき承認を求めたところ(2)同人等は「私方もあなたの方の土地を通行さして貰つているのであるからあなたの方も私方の土地を通行することは結構です」と述べ斯様にして高林房太郎は神庭常吉より右空地上に通行地役権の設定を受けたのであると主張するので、まず此点につき検討するに「土地所有者のみならず地上権者、永小作権者も亦その権利の範囲内に於て自己の利用する土地の為めに他人の土地の上に地役権を取得し得るか否かについては説が分れており之を肯定する方が多数説の様であるが」元来地役権は民法第二百十条の囲繞地通行権の如く土地所有者間の法律関係を規律すべく制定せられたものであつて、一定の目的の為めに他人の土地を自己の土地の便益に供する権利であり、要役地の所有権と結合した権利であつて、要役地の所有権の従として之と共に移転し、之より分離して譲渡することが出来ない権利である。(民法第二百八十条、第二百八十一条参照)従つて土地建物の賃借人が地役権を取得するが如きことはあり得べからざることである。

故に原告訴訟代理人主張の如く隣地の建物の賃借人である訴外古谷清三郎が原告会社所有地の一部を通行さして貰つていた事実があつても是を以て同人がその土地の上に地役権を取得したものと云うことは出来ないのである。(昭和二年四月二十二日大審院判決参照)。

次に此地役権なる制度はローマ法に淵源する制度であつて我国に於てはかの不平等条約改正の必要条件として民法々典の急速な編纂が要請された際ローマ法を継受した欧州諸国の立法に倣うて之を輸入したのであるが前述の如く「要役地の所有権と結合し之と不分離の関係にある」と云う様な特殊の性格を持つ諸外国の地役権又は之に類似する制度慣行は従来我国に於ては全くなかつたのである。

而して、その為であるか。民法施行後も国民の地役権に対する関心乃至理解は比較的に乏しくこの制度を利用すること即ち地役権を設定し或は移転するが如き事例は極めて稀なのである。

そもそも他人の土地を通行することは敢て地役権によらなくとも賃貸借、使用貸借その他無名の債権契約によつてもなし得るのであつて現在我国に於て行われている実例としては右列挙の方法による場合の方が遥に多いのである。

民法第二百八十条は「地役権者は設定行為を以て定めたる目的に従い他人の土地を自己の土地の便益に供する権利を有す」と規定している為め他人の土地を自己の土地の便益に供する権利は総て地役権であるかの如く速断しているものがあるが之は本来の地役権とその権能(即ち地役権の機能乃至作用)とを混同誤解しているものである。前記法条は地役権の機能(作用)を明かにしたものである。即ち通行地役権に基き他人の土地を通行すること(所謂通行権)は地役権に内在する地役権の機能(作用)であつて他人の土地を通行する権利は常に必ずしも地役権ではない。前述の如く他人の土地を通行することは賃貸借その他の債権契約に基いてもなし得べく又袋地の所有権の機能(作用)としても之をなし得るのである。(民法第二百十条参照)。

以上説示の如くであるが故に仮りに訴外神庭常吉等が原告訴訟代理人主張の如き言辞を用いて即ち「私方もあなたの方の土地を通行さして貰つているのであるから、あなたの方も私方の土地を通行することは結構です」と述べて高林房太郎に対し本件係争地を通行することを認めた事実があつたとしても是は只債権的に通行権を認めたものであるかも知れず或又神庭常吉等に於ては高林房太郎に権利を付与する意思なく単に社交的乃至情誼上通行することを容認したに過ぎないかも計り難いのであつて他に適確な証拠がない限り軽々しく使用料等の対価をも得ずして登記義務をも伴い且場合によつては承役地の地価の下落をも来たすべき通行地役権を設定したものと解することは到底出来ないのである。

そこで原告訴訟代理人提出援用に係る全ての証拠を精査したけれども同代理人主張の如く高林房太郎が通行地役権の設定を受けた事実を肯定するに足るものはない。

次に原告訴訟代理人主張の如く被告が訴外高林房太郎及原告会社の通行地役権を承認したことを認むるに足るべき証拠も更にない。

前に説示の如く他人の土地を通行する際の法律関係は種々なものがあつて独り地役権に基く場合に限らるべきでなく且総体的に我国民の地役権制度に対する関心乃至理解は比較的に乏しいのが実情であるから博労町一丁目九十九番地の宅地及建物を買受けた被告に於て高林房太郎又は原告会社の使用人等が従前より引続き右九十九番地裏の空地を通行していることを知りながら或期間之を不問に付した事実があつたとしても之を以つて直にその通行地役権を承認したものと解するは被告に対し酷に失し妥当でない。

故に仮りに数歩を譲り原告訴訟代理人主張の如く高林房太郎が訴外神庭常吉より本件係争の空地上に通行地役権の設定を受け更に原告会社が高林房太郎よりその地役権の譲渡を受けた事実ありとするも右地役権の設定及譲渡の事実を公示すべき登記を欠ぐ本件に於ては原告会社は右地役権の取得を以つて被告に対抗することを得ないものと云わざるを得ない。

次に検証の結果によれば本件倉庫の敷地である博労町一丁目百一番地、百四番地及百五番地は一連の細長い土地であつて百一番地の南東の一辺約八尺の箇所が幅員約四尺の公路に接していることを認めることが出来るので右倉庫の敷地は準袋地でないこと洵に明かである。

原告訴訟代理人は右公路は幅員が狭く且つ曲折した箇所がある為め長尺の鉄材を運搬することが不可能であるのみならず原告会社の店舗より該公路を通つて右倉庫に行くことは非常に迂回することとなるので(検証の結果に徴すれば該公路による店舗より倉庫に至る路程は約二百四十五尺である)その敷地は準袋地である旨主張するけれども苟も右敷地が幅員約四尺の公路に接しておる限りその公路が長尺の鉄材の運搬その他特殊の用途に適しないと云う理由で之を準袋地と主張するは妥当でない。

仍つて爾余の争点に関する判断を俟つまでもなく地役権並所有権(準袋地)に基く原告の請求を失当と認め訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決したのである。

(裁判官 森西隆恒)

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